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2012年7月23日 (月)

ハナの旅立ち

わが家で約17年間連れ添った猫のハナが7月22日夕方亡くなりました。

20120722hana


大阪に住んでいた頃に飼い始め、東京に引っ越し、さらにいまの家と、2回の引っ越しを共にしていた猫です。マンションなんで、外に出ることもなくいつもいっしょにいたわけで、既にいないのがなんか不思議でもあります。

うちに来たのは1995年の10月。私が家に帰った時、そのとき家のあったちゃぶ台の下で神妙な顔をして座っていたのをいまでもはっきり憶えています。嫁が昼間に連れてきてたわけですが、顔がかわいくって、すぐに好きになりました。

小さい頃は運動神経抜群で、ジャンプ力なんか他の猫よりも飛び抜けていました。ふすまと壁を囲んでくるっと回れる形の家だったので、かくれんぼしながらよく遊んであげたものです。その分、家を破壊することも多かったので、ふすまや壁やソファ、どれだけお金を使ったか…、なんていうのももう思い出になってしまいましたね。

2ヶ月くらい前までは普通に元気だったのですが、最近は食が細くなったり、痩せてきていたので、もう年なのかなくらいにしか思ってなかったのですが、昨日出かけて家に帰ってみるとお風呂場で倒れていて、体も少しぬれた状態で、もはや息も絶え絶えの状態に。あわてて座布団に寝かせてあげて呼びかけてあげたのですが、けっきょくお医者に連れて行ってあげる間もなく息を引き取ってしまいました。

これほどまでにあっけなく、そして急なお別れをしなくてはならないとは思いもよらず、最初は呆然としてしまいました。何せこれまで医者に行ったのはうちにきた直後の最初の年と、つい1年くらい前に膀胱炎で1回だけ薬を飲んだ、2回だけだったんです。それくらい病気には無縁の猫だったので20年以上生きるだろうくらいに考えていました。なのに、こんな突然な別れになってしまうとは…。でも、最後に瀕死の状態でしたが、何とか生きていたのは、家族が帰ってくるのを待ってたんではないかと思うとほんとに偉かったねぇと言ってあげたいです。平日だったらもっと帰りが遅くて間に合わなかったかもしれません。それが日曜日だったのもきっと神様がそうさせてくれたに違いありません。


今日、午後火葬してあげました。焼くときには大好きだった海苔と缶のご飯(ふだんはカリカリだった)を入れてあげました。骨も真っ白でいかに健康だったかがうかがえました。

これを読んでいただいた方には実際にお会いいただいた方もいらっしゃると思いますが、ほんとに他人のお客様には姿を見せない臆病な子でした。反面、私がソファに座ると必ずひざに乗ったり、食事をしていると隣の椅子に座って来たり、家族とはいつも生活を共にしていたハナ。別れて先に旅立ってしまいましたが、私と家族の胸の中に生き続けてくれることと思います。


さようなら。

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コメント

家族として・・・
月日を共にしてきたのですね。。。
素敵な思いでは、呼んでいる私も目頭が熱くなりました。

家族にしか見せない事。
家族にしかわからない事・・・ありますよね。

初対面のちゃぶ台でのご挨拶。
光景が浮かぶようです。。。


ハナのご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: みっこ | 2012年7月24日 (火) 06時17分

小さい頃からこの写真のようにきちんと座る子でした。初日もこんな感じで。そして17年の歳月を共にするうち、家族以上に家族だった気がします。思い出を書いていると自分でも悲しくなってしまいました。

投稿: ぼーちゃん | 2012年7月24日 (火) 06時46分

ハナちゃん亡くなってしまったのですね…
佇まいが凛としていて、ほんとに美人さんだったので、たまにブログで拝見させて頂くのを楽しみにしていました。残念です。
17年もの思い出宝物ですね。
ボタンもさみしいかな…

投稿: こぴ | 2012年7月24日 (火) 17時36分

>こぴさん
まぁ、大往生だと思いますが死んじゃいました。最後はお年寄りな感じになってましたが、人間達はいい思い出と共に17年を過ごせましたよ。
ちなみにボタンは平然としてます。てか何も分かってない?

投稿: ぼーちゃん | 2012年7月24日 (火) 22時28分

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