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2009年5月 2日 (土)

15年前の日

20090502senaあの衝撃はもう15年前になる。あのテレビ中継の映像、救出作業を見守るヘリからの映像、忘れられません。そしてこの新聞記事も捨てることができません。
今の時代、マシンが進化しすぎて、そしてレースの規格自体が変更しすぎてすっかり個人のドライバーは埋もれている。あの時代のセナのようなドライバーに、その存在意義がもうなくなってしまったのか。それとももう彼のような魅力あるドライバーがいないのか。真のドライバー同士の対決をもっと見たい。

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コメント

ぼーちゃんさま。
が、まさかこのような記事を書くとは(笑)。

ホントにあの晩のことは忘れられないです。
あまりのショックに月曜日は会社を休んじゃいました。

FW16と共に散ったカリスマ。
あんなに魅力的なドライバーはもぅ出てこないと思います。
セナをはじめ、昔のドライバーはキャラ立ちしていて、
そのドライビングも、パーソナリティーも
観てるものをワクワクさせるような人が多かったなぁ。

嗚咽しながら、今宮さんが言った「それでもF1は続いていくんです」。
その言葉が、今もF1ファンで居続けさせているけど、
夢中になって観ることが減ったのは事実ですねぇ。

投稿: ぱぉ〜ん | 2009年5月 2日 (土) 14時30分

>ぱぉ〜んさん
あれ、私、F1見るように見えません?
セナの事故は永遠に忘れることはないでしょう。
でもセナがああして存在していたのは、プロストやマンセルの存在があったのも事実なんですね。ヒーローはライバルあってこそなんですね。
そう思うとあの当時は役者ぞろいでしたねー。

投稿: ぼーちゃん | 2009年5月 2日 (土) 17時44分

もうそんなに経つんですねー。
僕は当時テレビでは観ていませんでしたが、セナファンの友人が嗚咽混じりに「セナが死んだ」と言ったときは、背筋が凍り付くような思いを味わったものです。

トイヴォネン然り、セナ然り、記憶に新しいところではコリン・マクレーの事故死もありましたが彼の場合は自家用ヘリでの事故死なので別として…
熱い想いを抱かせてくれたものたちが消え、あとに残るのは興業最優先のFIAと拝金主義メーカーだけとなってしまいました。それも含めてスズキのWRC撤退が悔しかったなあ…

大学に入り同じ様にF1好きと昔のレースをおさめたLDを観ていて、楽しそうに解説していた友人がふっと黙った瞬間が今でも思い出されます。

投稿: 特務曹長 | 2009年5月 2日 (土) 21時34分

>特務さん
人それぞれに思い出があるものですね。
しかしホンダですら金にならなきゃ辞めてまえって言う時代、
レギュレーションが「電気自動車」にでもなればみんな参加
するんですかね。

投稿: ぼーちゃん | 2009年5月 4日 (月) 10時20分

僕の場合二輪の壊滅っぷりもしょげる原因だったりするんですけどね。国内ミドルクラス全滅もいいところですよ。

売れなきゃ作らない、作らなきゃ廃れる、でもメーカーには責任があるんだと思うんですけどね。中途半端なもの作るだけでお茶を濁すなら、撤退してしまえ!と。

投稿: 特務曹長 | 2009年5月 6日 (水) 08時29分

>特務さん
そういえばSR400も生産中止になってしまいましたね。売れない+排ガス規制とかいいことないすね。
私もメーカーに勤めているので売れないものを作るリスクはわかるんですけど。数少ない昔からのコアユーザーのことも大事にしたい気持ちもありますけど、なかなかねぇ…。従業員と売れない品番どっち切るかってぇと、おのずと決まっちゃいますよね。

投稿: ぼーちゃん | 2009年5月 6日 (水) 13時29分

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